なんとなくyanma。

www時代以前からInternetに居る人の、日常の1コマ。
Thu, 26 Jun 2014 17:24:52

規制の範囲を考える

どこまでが児童ポルノか?だとか、
刺青の方お断りは是か非か?だとか、
なんか最近、そういう「境界線問題」がいろいろ出てきているような気がします。


筆者はそれらを見るたびに、
「杓子定規な境界線を引いたらこぞってラインのギリギリ内側に集まる人たち」
というものを想像してしまいます。

でもね、
この手の規制の本質って、そこじゃないと思うんですよ。

表現である、アートである、だから自由だ、という側面。
何らかの犯罪、あるいは穢れ的忌避の特徴だ、という側面。

うーん…はたしてこれらの相関性って、どのくらいあるんでしょうかね。

有名な話にDHMOなんてものもありますが、
逆裏対偶、十分条件必要条件などといった「論理」で見た時に
包含関係とかその比率がどう見たってあやしいだろう、
という記述が持ち出されることが結構あるんじゃないかと、筆者は思います。

機械の故障とか体調不良とかを調べて修理治療などを施す、なんて場合には、
まず不具合の特徴を見つけ出して、
その兆候があった時に本当に異常があるのは何割、実は正常なのが何割で、
あるいは逆にその兆候がないのに同種の異常を持っている可能性が何割で、
じゃあ異常を検知したらある修復方法を適用するとして、
その修復の成功率が何割、失敗率が何割、
みたいな感じで進んでいくわけです。

じゃ、例えば刺青。
何割が何らかのマーキングのために付けられた人で、何割が単なるアートでしょう?
その比率は、間接的な表現として選択するに妥当な比率の範囲内でしょうか?

そうやって紐解いて考えていくと、
境界線の象徴とするには妥当ではないもので規制が作られ、
更には無関係なものにまで規制が拡がり、逆に規制すべきものは規制を逃れ、
境界線の内側近辺に新たに群がるものによって荒廃し…

先日の隠蔽問題とかもそうですが、
ミスディレクションの温床なんじゃないのかな、
望まない結果を生みかねないことをやっているなぁ、と
そんなことを思う、筆者でした。

Posted by yanma  Category:時事ねた  comments:0

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