あれから2年。。。
そう…東日本大震災から、2年。
と書くと、じゃあ1.17の阪神淡路はどうなんだとか、
誘発地震群でも大きなモノもあっただろうとか、
そういうツッコミをされる向きもあるかもしれないが、
今回は2年、三回忌の節目ということで、東日本大震災の話、としておきたい。
犠牲となった方々への哀悼の意を表しつつ。
震災後、何度か東北方面へと足を延ばす機会があった。
繰り返し見ているうちに、
東北全体を「復興」というただ一枚の看板で済ませるのは、
あまりにも無謀で横暴だな、と感じるようになった。
都市としてのバランスを残すことが出来たエリアは、
「復旧工事」さえ済んでしまえば、
あとは時によって癒えるのを待つのみなのだろう。
壊滅的な建物の損壊こそあれ、
都市構造としての人的エコシステムへのダメージが軽微だったエリアは、
ほどなくして日常のサイクルへと戻りつつあるように、
筆者からは見える。
悲しいことだが、人口という意味でも壊滅してしまったエリアもまた、ある。
こうなると、基盤となる都市規模自体が、小さくなってしまっている。
中小都市が町村レベルに、町村レベルから集落レベルに、と…
こうなっては、人的エコシステム自体の崩壊として、
そこから再構築を考えなければならないだろう。
瓦礫を撤去しました、地面を整地しました、堤防を強固にしました、
でもそれだけでは、いわゆる都市的分業制が成立しないと、
筆者は思う。
更に。
どちらかと言うと人口が流入傾向にある大都市が壊滅的打撃を受けるのと、
逆に人口が流出傾向にある小都市や町村が壊滅的打撃を受けるのと、
やはり復旧復興に向けてのエネルギーが大きく異なるような印象がある。
広島の原爆や阪神淡路の大震災というのは、
どちらかというと流入の力が働いた復興なのだと感じるのに対し、
こと東北に関しては、先祖伝来の地を云々という話こそあるものの、
産業誘致、流入方向の力が無いように、
筆者は感じている。
そして、
ただただ同情哀悼の感情だけを、
パフォーマンスなのかと思いたくなるほどに打ち出している人々が、居る。
黙祷したぞと表明したからって、何も変わらない。
復興支援に寄付する行為は殊勝だが、寄付したぞと表明したって、偉くも何ともない。
心を忘れてはいけないが、
形骸化した表面だけを取り繕って、どうするというのだ。
盛者必衰、諸行無常。
国破れて山河あり。
生き残っている人間として出来ること、
あらためて、考えませんか?
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